• 江口紅葉の歩み

    「どんな先生なのかな?」

    これをみて、私の人物像がなんとなく感じて頂けたらなぁ...

    と、昔を懐かしく思い返しながら少しずつまとめてみました♬

  • 生い立ち

    東京都福生市に生まれる

    4歳,バレエとの出逢い

    テレビでバレエを観て、真似て踊っていた私を、母が近所のバレエ教室に連れて行ったことが、私とバレエの出逢いとなりました。

    トウシューズ

    6歳で既にトウシューズ

    (゚Д゚)!!

    現在ではちょっと考えられませんね(笑)

    思えば、この歳からトウシューズとは、○十年のお付き合い😅

    石田 種生先生との出逢い

    小学6年生の発表会の時に、石田 種生先生とご一緒させて頂いたのをきっかけに、中学生からは東京シティ・バレエ団研究生になりました。

    ロシアバレエとの出逢い

    中学二年生の時、父が見つけた『ロシアバレエインスティテュート オーディション』の新聞広告。

    それが私のロシアバレエとの出逢いになりました。

     

    この頃まで、バレエと平行してピアノを習っていたのですが、ついに両親に『この先どちらを続けていくの?バレエかピアノ、どちらかを選んで』と告げられ、迷う余地なくバレエの道へ(笑)

    後で聞いた話ですが、両親はピアノの道に進んで欲しかったようです😅

    ロシアバレエインスティテュート

    研修生と平行して、週三日、福生から表参道に通う日々...

    帰りはいつもほぼ終電🚃💦電車では、いつも疲れ切って寝ていました(笑)

    ここで一緒に頑張った同期たちは今でも良い仲間です✨️

     

    そして、高校受験が終わり戻ってくると...

    一緒に頑張っていた仲間たちは、すでに皆海外へ😱

    後にも先にも、一番太ってしまった自分と(笑) 海外へ飛び立った仲間たち...

    一人取り残されてしまったような気持ちになったのを覚えています...

    インスティテュート時代の恩師

    御指導頂き、支えて下さった先生方。

     

    右・リュドミラ・カレンチェンコ先生

     

    中央・故 薄井 憲二先生

    (元日本バレエ協会会長)

     

    左・イリーナ・スイロワ先生

  • ロシア留学

    ボリショイバレエ学校留学

    1992~1994年

    家庭の方針で、高校を卒業した後、念願だったボリショイバレエ学校へ留学に✈️

     

    故ソフィア・N・ゴロフキナ校長クラスで学びました。成績を認められて留学金を免除され、奨学金を受けました。

     

    留学当初は、右も左も、言葉も分からず、一言も言葉を発さずに、泣きながら暮らす日々(笑)

    毎日ロシア語の辞書とにらみ合い、そして数ヶ月...💦

    ある日、心に溜まっていたものが口を突いてあふれ出た瞬間!!『あなたロシア語、話せてるよ』とクラスの友達に言われ!?自分でもびっくり

    (゚Д゚)!!!(笑)

    ファルマニャンツ氏との出逢い

    留学中にキャラクタークラス教師であるファルマニャンツ氏から、バレエ学校公演で、最高学年の8年生で踊る作品に7年生であるとき抜擢されました。その後、先生の作品「モレーナ」を自身の作品として生涯踊り続けなさいと贈られました。

     

    曲も振り付けもスパニッシュなこの作品、今も大切に踊り続け、機会があるときには披露させて頂いています。

    卒業、そして帰国...

    1994年6月

    二年間の留学を終え、当時、国内情勢の悪化していたロシアからやむを得ず帰国の途に...

     

    帰国後はインスティテュート内で通訳、発表会アシスタント、予科クラスの指導にあたりました。

     

    しかし、帰国してみたものの、心は憧れのダンチェンコに...

    国立モスクワ音楽劇場(通称 ダンチェンコ)は留学時代、好きで好きで、通い詰めてまで観に行っていたバレエ団✨️心はロシアに残ったまま 煮え切らずメソメソと泣いて過ごす日々(笑)

     

    そんな私の様子に耐えきれなかったのでしょう(笑)

    ある日、先生から「ロシアもそろそろ落ち着いてきたようだし、そんなに行きたいなら行ってきなさい」と、何も考えず「とにかく行こう!!」と再びロシアへ!✈️

     

    一週間のチケットを取りロシアへ向かうと、ダンチェンコにいきなりの直談判(笑)

    オーディションをしてくれると言ってくれたものの、来る日も来る日もみてもらえず...あっという間に帰国前日😱

    「いつみてもらえるんですか!? 明日、帰国するんです!!」という私の必死な訴えに、やっとオーディションをしてもらえることに💦 そして、全てが終わった後...

     

    「ダンチェンコへようこそ!!」と!

     

    夢が叶った瞬間でした。

  • ロシアでの活動

    国立モスクワ音楽劇場

    1996年〜

    国立モスクワ音楽劇場(ダンチェンコ劇場)に入団。

    ダンチェンコでの恩師、ドロズドーワ先生 美しい✨️✨️

    ソリストとして、バレエ団作品のすべてに出演しました。

     

    ミーシュキナ舞踊専攻大学で教授法を学んだのもこの頃。

    女優活動

    2001年〜

    依頼を受け,バレエ団活動と両立させながら女優業を開始

    映画・CM・ドラマ・雑誌モデルなど、色々な作品の中で、様々な人生を体験する、貴重な経験が出来ました。

  • 帰国からスタジオ開設まで

    帰国

    2008年6月

    12年に及ぶ、長いロシアでの生活を終え帰国。

    帰国直後は日本語を忘れてしまい(笑)

    しばらくは、周りから「日本語が変!」と言われていました😅

     

    帰国後は、東京および埼玉にて、子供から大人までクラスを受け持ち、ゲスト出演なども行いながら、作品振り付けや後進の指導にあたりました。

     

     

    スタジオオープンに向けて

    2016年夏

    暑い中、子供たちがペンキ塗りを手伝ってくれました。

    鏡の後ろの壁には、みんなで記念の手形を押しました☺️

    床が張られました!!

    リノリウムが敷かれて一気にスタジオらしさが♪

    バーが設置されました!!

    長〜い😆!!

    鏡が届きました✨️✨️

    ビフォーアフターです♪♪

    変わりましたね〜♬

     

    春からの物件探しに始まり、自身の引っ越し、発表会とスタジオの工事😵💦💦

    記憶にないくらいの慌ただしい時が過ぎ、ギリギリでしたが、なんとかオープンに間に合いました!! 🙌 😂 🙌

    Beniha Ballet Studio オープン

    2016年9月 オープニングイベント

    たくさんの方の応援、励まし、お祝いの言葉を頂戴してここまでたどり着きました。

     

    さぁ! これからです!!

    この日の思いを大切に、私の養ってきたものを、生徒さんに注いで行きたいと思います。

     

    初心を忘れず、良いスタジオになっていくように頑張ります💪😊♪

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